私がはじめて浅草の鷲神社(おおとりじんじゃ)に出かけたのは、小学生の頃かと思う。我が家は椅子張加工業の町工場を営んでいるが、昭和30年代から40年代には若い青年が近郊から上京し、我が家でも住み込みで働らくお兄ちゃんがいた。

 戦後に建て、その後工場などを建て増しして住んでいた2階建ての家をいよいよ鉄筋に建て替えるという時に、住み込みの従業員のお兄ちゃんにはよそのアパートを借りていただくことになった。そのお兄ちゃんの新しい住処のアパートが確か鷲神社(おおとりじんじゃ)の前だったように覚えている。お酉さまは毎年その鷲神社で開催される商売繁盛の幸運をかき集めるという熊手を売る市だ。

 それから15年くらいたってからまたお酉さまに行ってみた。すでにお兄ちゃんはわが家の仕事は辞めてしまっていたし、お兄ちゃんのアパートはどこだったかわからなくなってしまっていた。自分は特に商売をしているわけではないので、このような商売繁盛の素晴らしい熊手は必要ないと、はじめはただただ見物気分で何の気なしに歩いていた。しかし歩くさなから道々で声をかけられる。

「うちの見てってよ。」

「気に入ったのあったら言ってね。」

はじめはどこも同じだとばかり思っていたのだが、よく見ると店々で飾りの内容がまったく違うのだ。ごちゃごちゃ色んな飾りがついているものもあれば、まったくシンプルなものもある。鶴、亀、松、竹、梅、御輿、小判、招き猫、大漁船、稲穂、女将さん、等々

 その中で「わぁーステキ!」と思ったのがあった。熊手の中にしめ縄が巻いてあり、その真ん中に、にっこりほほ笑んだお多福(おかめ)の顔。このお多福の顔がなんか自分に似ているように思えてどうしてもほしくなった。

「あれ、おいくら?」

「あれ、いいでしょ。うちのオリジナルだよ。六千円。」「えぇぇぇー!」

「お姉さん考えてみてよ。このしめ縄が高いのよ。全部手作りだもん。うん。勉強しちゃうよ。五千五百円。」

「うんんんん。」

「そんなお金持ってきてないもん。」

「じゃ五千円であとご祝儀お願いしますよ。」「うんんんん。」

「やっぱり縁起もんですからねぇ。これ飾って365日見られるんだから やすいもんじゃないですか。」

「うんんん。でも。毎日見てもお金を生んでくれるわけじゃないし・・・」

と言ってその店を後にした。でもそうすると手ぶらで帰るのも何だしと思い始め、1つくらいは買って帰りたくなった。もうひとまわり小さいので好みのはないかと探す。しかし、どうしてもあのお多福が気にかかる。神社の中の店を一軒一軒見ながら、ぐるぐる歩いていたら何とすでに午後11時近くになっていてビックリ。

 それでもあのお多福が気になって、あの店に戻った。

「やっぱりあれが気に入ったよ。戻ってきたよ。」と店のおじさんに言うと

「しょうがねぇや。戻って来てくれちゃぁ。四千五百円!」なんと千五百円下がった。

「えぇぇぇ!ほんとぉ。ありがとう!」

私はうれしくなって、四千五百円とご祝儀五百円を払いあのお多福がほほ笑んだ熊手を手にした。結局は五千円払ったわけだけど、そこまで下げてくれた心意気にご祝儀!

「じゃぁ。商売繁盛。家内安全を願ってぇ。ヨォォォー」シャシャシャン!シャシャシャン!シャシャシャン!シャン!「ありがとうございました!」と手打ちとなった。

 自分が買った熊手を担いで夜道を歩いて帰ってくると、ちょっと自慢げで少しはずかしい。他に熊手を担いでいる人を見かけるとつい目がいってしまう。おっ!やっぱりこっちのほうがいいなぁ。と内心思う。そして、家に帰ると家族みんなに見せびらかして一番気に入ったものだから

「やれ、ここがいい。」だの
「あそこがりっぱ。」

「去年とここが違う。」などと吟味する。
今では毎年秋になるとお酉さまの熊手やさんからハガキが届く。その年の酉の日を知らせる通知が書いてある。

 あれから毎年々々少しづつ大きな熊手を買っている。もちろんもう五千円なんて金額では買えなくなってしまった。そろそろ大きさ的にはわが家の飾る場所から考えると限界だからこれ以上は大きくできなくなった。竹竿がりっぱなものを選ぶとなかなかカッコイイ!千社札を貼って貰うといっそうカッコイイ!屋号(家名)なんか入れて貰うとさらにカッコイイ!

 一年間家に飾った熊手を11月の酉の日に下ろし、「ご苦労様」と言いながら記念写真を撮り、コートを着てお酉さまに持っていく。あぁこの熊手ともお別れだ。一年間どうもありがとう。毎年いろんな熊手があるけれど、私はやっぱりお多福が一番気に入っている。いつでもお多福がついた熊手を買う。だからわが家ではいつでも、お多福がほほ笑んでいるわけだ。

 今年もこのお多福を返し、また新しいお多福に家に来てもらう予定だ。今度の二の酉に家族でお酉さまに行き、値段交渉とご祝儀の会話を楽しんで一番カッコイイお多福の熊手をわが家に迎えに行こう。

1997.11  By Tama-Chan


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