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 東京都の木に指定されているいちょうの木に小さな葉がたくさんついて、それが日々大きな緑の葉になってくると新緑の季節を感じる。

 もうすぐゴールデンウィーク、5月の連休だなぁ。連休というと、私は柏餅の葉っぱ拭きを思い出す。学生時代から今年で20年、自分が休みの日だけ手伝いに行っている上野の和菓子屋の話をしたいと思う。

 昔、和菓子屋は5月5日端午のお節句が一年で一番忙しい日だった。私が手伝いに行っている和菓子屋でも、4月の中旬から柏餅を売り始める。それまで草餅と桜餅を作っていたのが柏餅に変わるのだ。柏餅というお菓子はとても手が掛かる。

 5月5日は、早朝より工場は稼働し、お店のほうもいつもより多い臨時のアルバイトを雇い柏の葉っぱ拭きをする。

 柏の葉っぱは桶に水道水をいっぱい入れてジャブジャブ洗う。洗った葉っぱの裏と表を布巾で1枚1枚拭いて水と汚れをとる。そこに、蒸しあがったお餅をひとつひとつくるむ。その作業のくりかえしだ。

 柏餅は、中にこしあんが入った白い餅とみそあんが入った紅色の餅を作っている。工場で蒸しあがった餅は、たくさんの”わたし”と呼ばれる板の上に並べられ、何台もの扇風機で冷まされる。

 冷めたものから葉っぱにくるんでいく。こしあんの白い餅は柏の葉っぱの裏が外にでるように、みそあんの紅色の餅は葉っぱの表が外にでるようにくるむので、お店に出してもすぐにわかる。

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 お店のほうは、朝9時開店だが5日の日は開店前から人が並ぶ。柏餅は1日中蒸され、葉っぱ拭きは夕方まで続く。だいたいアルバイトの人間は1日中葉っぱ拭き。こんなに柏餅を世の中で食べる人がいるのかと思うくらいずっと葉っぱを拭き続ける。ときどき、中身のあんこが出て失敗した柏餅をごちそうになる。(つまみ食い)

 途中で餅が足りなくなったり、葉っぱが足りなくなって店のほうから、「品切れだから急いで!」の声がかかる。

 男の子の初節句のお祝い返しの注文には”あやめのし”という菖蒲の絵の描かれたきれいな掛け紙にあやめの造花を添えて包装する。内祝と書かれた掛け紙に男の子の名前が入る。最近はこういう名前が流行っているんだなぁ、ということがわかる。

 柏餅は蒸してあり、葉っぱにくるんでいるので、たいへん痛みやすい。店で柏餅を買うと「かしら餅は、大変いたみやすいお菓子ですからお帰りになりましたらすぐに召し上がって下さい。大きなお皿にでも移しかえて風通しのよいところへお置き下さい。」というお願いのメモを添えている。

 夕方になると裏の縁側にたくさんの洗った布巾が干され、5月の風にゆれている。一日中葉っぱ拭きと柏餅に追われ、ホッとする瞬間。こんな日が私にとっての端午の節句のイメージだ。

 ところが、最近は5日の端午の節句といってもこんな1日を過ごすことはない。 柏の葉っぱは湯沸かし器のぬるま湯で洗い、洗濯機で脱水を少々かけるとかなり水分がとれて拭きやすくなる。葉っぱは前日から拭いておく。足りなくなったぶんだけまた洗って拭く。人が裏表、布巾で葉っぱを拭き、餅をくるむ作業は何も変わっていないが、昔のようにお節句に柏餅を買いに店にお客さんが並ぶということがあまりなくなった。最近は世の中にたくさん、おいしいお菓子があふれていて、「今日は端午の節句だから柏餅を食べよう」ということも少なくなったのかもしれない。5月5日は子供の日だからケーキでパーティーでもするようになったのだろうか。

 また、初節句の祝い返しも腐りやすい柏餅より他の西洋菓子が選ばれているのかもしれない。毎年少なくなるお祝い返しの注文に「最近は男の子が生まれなくなったのかしら・・・」なんていう会話をしたのは去年の節句だった。

 しかし、やっぱり私は5月5日の端午の節句には柏餅を食べて菖蒲湯に入る習慣を娘には伝えたいと思う。

 柏の葉っぱの香りは5月の新緑の香りを運んでくれるようだ。今年の子供の日もよい天気になるといいな。

1997.4.25. by Tama-chan


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